7分で知る名著 失敗を越えることで人生は開ける(加藤諦三)~失敗は生きている証しでもある~ 中高年個人起業家に失敗は不可欠なものである

今回は、社会心理学者、早稲田大学名誉教授であり、ラジオ番組「テレフォン人生相談」に半世紀以上出演した、加藤諦三(かとうたいぞう)氏の著書、『失敗を越えることで人生は開ける』についてお伝えします。

本書で加藤氏は次のような言葉を語りかけてきます。
「本当の失敗とは、自分が自分で生きられなかったことである。自分が決してなり得ないものになろうと悪戦苦闘してやつれ果てている人の何と多いことか。しかし、生まれてからずっと、自分が自分として生きられた、などというような恵まれた人生はあまりない。そんな恵まれた人生は現実にはあまりない」

「人生を楽しんでいない人に、みにくいアヒルの子がいる」

「生まれてからずっと、自分が自分として生きられた、などというような恵まれた人生はあまりない」-。
そうですね。人は「自分が自分として生きようとして」、もがき苦しみ、失敗をくり返しながら、「自分として生きる」ということへ近づいていくものなのでしょうね。

また、加藤氏は別の著書、『生きることに疲れたあなたが一番にしなければならないこと~加藤諦三の新・人間関係論』のなかで、次のようにいっています。
「人生を楽しんでいない人に、みにくいアヒルの子がいる。そして、自分がみにくいアヒルの子であることに最後まで気がつかない」
この「みにくいアヒルの子」とは、ご存じの方も多いと思いますが、アンデルセンの童話です。
この童話を簡単にいうと、1羽の「みにくいアヒルの子」が、自分は、本当は「白鳥」なのに「アヒル」だと思い込んでしまいます。この「白鳥」は、本当の自分でないものを自分だと思い込んでしまったことから、生きていくうえで苦悩が続いてしまうのです。そして、成長し、「本当の自分は白鳥だったんだ」と知ったとき(本来の自分と出会えたとき)、はじめて堂々とした姿で人生を歩んでいけるようになったというお話です。

「あなたはミステイク(失敗)という、私はレッスン(授業・課業)という」

加藤氏のいう、「自分が決してなり得ないものになろうと悪戦苦闘」してやつれ果てている人とは、このみにくいアヒルの子のような人をいっています。

アルフレッド・アドラーは次のようにいっています。
「彼は仕事で失敗しませんでした。働かなかったからです。人間関係で失敗しませんでした。人の輪に入らなかったからです。彼の人生は完全で、そして最悪だった」

失敗しない人生というのは、 何も挑戦しない人生のことです。人生は自分でつくり上げていくもの。そして、その過程では必ず失敗が伴います。必ずです。それは真理です。ただしながら、その失敗をミステイクとして扱うか、レッスンとして扱うかは、「自分自身で決められる」という裁量を、私たちは持っています。
また、加藤氏はアメリカの書籍からの引用で、次の言葉を紹介しています。
「あなたはミステイク(失敗)という、私はレッスン(授業・課業)という」

[我が人生に悔いなし]と言える人が、成功した人生なのである。

加藤氏はいいます。「長い人生を山ほどの失敗と、山ほどの成功とを体験しながら、最終的に本来の自分にたどり着けて、[我が人生に悔いなし]と言える人が、成功した人生なのである。本来の自分で生きられたか、本来の自分で生きられなかったかは、社会的成功や社会的失敗とほとんど関係ない。仮面をかぶって生きていたあの頃もまた、自分の人生なのである。そして本来の自分として生きていたあの頃もまた自分の人生なのである」

「仮面をかぶって生きていたあの頃もまた、自分の人生なのである」-。
そうですね。この“仮面”というものについては、ラ・ロシュフーコー(フランスの著述家)の次の言葉が参考になると思います。
「人間は、他人に対して自分を偽るのに慣れてしまって、とうとう、自分に対しても自分を偽るようになっている。人々は幸せになるためよりも、周りに幸せだと思わせるために心を砕いている」

人間は、大人になるまでに学校・職場・家庭等々さまざまな環境に身を置き、その都度、多種多様な役割を演じることによって、いつの間にかいくつもの“仮面”を付けて人格を形成してしまうようです。

自分の花を咲かせること。意味ある人生を生きている以上、失敗は必ずある。

加藤氏はいいます。「晩年に[我が人生に悔いなし]という人で、失敗がないという人がいるだろうか。いない。絶対にいない。自分の潜在的可能性を伸ばすこと。自分の花を咲かせること。そこにエネルギーを使う。そのためには失敗は欠かせない。自分の能力を使う能力が、幸せになる能力である。結果として成功するか、失敗するかはマイナーな問題である」

「自分の花を咲かせること。そこにエネルギーを使う」-。
そうですね。私自身、かつて40代前半に上司から言われた「花を咲かせてやりたかった」という言葉から、組織の花と自分の花の違いに疑問を持ちはじめ、ついには自分の存在価値というものまでがわからなくなってしまった、という経験があります。(※この経験談について、詳しくは拙書『鳴かず飛ばずの中高年サラリーマンが、アドラーの「人生の意味の心理学」を通勤電車で読んだら・・・』をお読みいただければと思います)

【加藤諦三の言葉】「意味ある人生を生きている以上、失敗は必ずある。失敗は生きている証でもある」

売れる個性の専門家/幸せな個人起業家コンサルタント 松﨑豊

売れる個性の専門家/幸せな個人起業家コンサルタント 松﨑豊

「自分らしさ」を求めて50代半ばで脱サラして起業も、「こんなはずじゃなかったのに…」となる。そのときに、そのときから、「本当はどうしたいのだろう?」「何のため、誰のためなのだろう?」と、自分で出した問いに自分で考えて答えるということを何度も繰り返す。そして、ビジネスは自分のパーソナリティ(個性・経験)に結びつていないと続けられないものなのだと氣づく。そのようにして、自分に問いを立て自分で深く考えること(自問自考)で引き出した、自分の「個性と経験」を活かしていったところビジネスが回りだす。現在は、その経験を「個人講座」として体系化し、中高年個人起業家の「幸せな成功」に伴走している
パーソナリティビジネス成幸研究所 代表  松﨑行政書士事務所 代表

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