あなたの「違和感」は、何を伝えようとしているのか
~「氣のせい」で片づけてきた、小さな心のサイン~
「なんとなく、違う氣がする」
そんな感覚を持ったこと、ありますよね?
仕事そのものが嫌なわけではない。
人間関係に大きな問題があるわけでもない。
生活に困っているわけでもない。
それなのに、「何かが違う」と感じる。
理由を聞かれても、うまく説明できない。
だから、「氣のせいかな」と思う。
そして、そのまま日常に戻っていく。
ところが、その「何かが違う」という感覚が、何度も繰り返されることがあります。
同じ仕事をしていても、以前とは何かが違う。
同じ人たちと付き合っているのに、なぜか疲れる。
以前は楽しかったことが、今はそれほど楽しくない。
反対に、昔は興味がなかったことに、妙に心が惹かれる。
そんなとき、私たちは、その「違和感」をどのように扱っているでしょうか。
実は、この「違和感」って、とても大事なんです。💦💦

1.違和感は「小さな声」でやってくる
もし人生が、「あなたは今の生き方が合っていません!」と教えてくれるのなら、話は簡単です。
大きな警報が鳴って、「方向転換してください」と教えてくれる。
でも、実際にはそうにはならない・・・。多くの場合、違和感はもっと小さい。
「今日はちょっと疲れるな」「なんだか氣が進まないな」
「最近、こういう場所に来ると疲れるな」「本当は、もう少し一人でいたいな」
そんな程度でしょう。
だから私たちは、「まあ、こんな日もある」で済ませます。
それ自体は悪いことではありません。
人間ですから、疲れる日もあります。
氣分が乗らない日もあります。
でも、問題は、同じ小さな違和感が、何度も何度も現れているのに、それをずっと無視している場合です。
たとえば、月曜日の朝になると、いつも少し憂鬱になる。
「仕事だから仕方ない」そう思う。
人と会った翌日は、なぜかぐったりする。
「歳のせいかな」と思う。
大勢の集まりから帰ってくると、一人になりたくなる。
「自分は付き合いが悪いのかな」と考える。
新しいことを始めたい氣持ちがあるのに、なぜか腰が重い。
「もう若くないから」と諦める。
こうしたことを、私たちは簡単に説明してしまいます。
「疲れているから」「歳だから」
「忙しいから」「性格だから」「仕方がないから」
もちろん、本当にそういう場合もあります。
でも、その説明だけで終わらせてしまってはいけません。
違和感という言葉を少し別の角度から考えてみましょう。
「違和感」というのは、
自分の中にある何かと、現実との間にズレを感じている状態
とも考えられます。
たとえば、「本当は静かに仕事をしたい」のに「常に人と関わる仕事をしている」。
「じっくり考えてから話したい」のに「その場ですぐ答えることを求められる」。
「一人の時間が必要」なのに、「休日まで予定がびっしり」。
「もう少し自分のペースで働きたい」のに「周囲のスピードに合わせ続けている」。
こうしたズレが続けば心や身体が「ちょっと違うよ」と反応しても不思議ではないと思いませんか。

2.隠れ内向型は「ズレ」に氣付きにくい
ここで、私たちの「隠れ内向型」というテーマに戻ります。
これまでにもお伝えしてきたように、隠れ内向型の人は、「できてしまう」からこそ、自分の特性に氣付きにくいのです。
人と話せる。会議にも出られる。営業もできる。人前で話すこともできる。付き合いもできる。
だから、「自分は社交的な面も備わっている人間だ」と思う。
でも、「できる」と「快適」は違います。
「できる」と「エネルギーが増える」も違います。
「人と話せる」と、「人と長時間一緒にいても疲れない」は、まったく別の話です。
ここを混同してしまうと、「できるんだから、もっとやればいい」という方向に進んでしまいます。
そして、できるから頑張る。
頑張るから、周囲から評価される。評価されるから、さらに頑張る。
そうやって、「自分に合っているか」ではなく、「自分にできるか」を
基準に人生を組み立ててしまうことがあるのです。💦💦
そう、「できる自分」が、違和感を隠してしまうのです。💦💦
これは、とてもやっかいなことです。
苦手なことなら、「自分には向いていない」と氣付きやすい。
でも、できてしまうことは、「向いている」と思い込みやすい。
ここに落とし穴があります。
たとえば、人前で話すことができる。
だから、「自分は人前に立つことが好きなんだ」と思っていた。
ところが、よく考えてみると、人前で話すことそのものは嫌いではない。
むしろ、うまくできる。
でも、その後には、一人になって静かに過ごしたくなる・・・。
そんなこともあります。
私自身がまさにそうでした。💦💦
つまり、「できるから好き」なのではなく、「できるから続けてきた」という場合も多々あるのです。

3.違和感は「嫌い」という意味ではない
ここは、とても大切なポイントです。
違和感があるからといって、「それは嫌いだ」とは限りません。
仕事は好きだけれど、働き方には違和感がある。
人付き合いは嫌いではないけれど、付き合い方には違和感がある。
家族は大切だけれど、家族のために自分を後回しにし続けることには違和感がある。
会社そのものが嫌なのではなく、「会社員としてこうあるべき」という役割に疲れている。
つまり、「何が嫌なのか」ではなく、「何が自分に合っていないのか」を見る必要があるのです。
これは、中高年になるほど重要になってきます。
でも、「違和感」を感じたからといって、すぐに答えを出さなくていいのです。
違和感に氣付くと、「じゃあ、どうすればいい?」と考えたくなります。
転職する?会社を辞める?人間関係を変える?引っ越す?起業する?新しい趣味を始める?
もちろん、そうした選択が必要になることもあります。
でも、違和感に氣付いた瞬間に、人生の答えを出す必要はありません。
むしろ、「何が違うんだろう?」と観察することから始めていい。
たとえば、「違和感日記」をつけてみるというのもいいでしょう。
一週間だけでも構いません。
一日の終わりに、こんなことを書いてみる。
今日、少し疲れたのはいつだった?
誰といるとき、無理をしていた?
逆に、自然体でいられたのはいつ?
「やりたくない」と思ったのは何?
「もっとやりたい」と思ったのは何?
一人になったとき、何をしたくなった?
今日、心が少し軽くなった瞬間は?
ここでは、「なぜ?」をすぐに考えなくてもいいのです。
まず、「何が起きたのか」だけを書いてみる。
すると、少しずつ自分のパターンが見えてきます。

4.身体も「違和感」を教えてくれる
違和感は、必ずしも「氣持ち」として現れるとは限りません。
身体に出ることもあります。
その場に行くと肩に力が入る。
人と会う予定が続くと、なぜかぐったりする。
休みの日になると急に元気になる。
ある仕事を始めると、なぜか集中できる。
一人で散歩していると、頭の中が整理される。
そうした反応も、「自分の状態を知るための手がかり」として観察することはできます。
もちろん、身体の不調には医学的な原因がある場合もあります。
「心のサインだから」と決めつけるのではなく、身体の変化も含めて、自分を丁寧に観察する。
そのくらいの距離感がちょうどいいのだと思います。
そして、違和感を一つずつ見ていくと、その反対側に何かが見えてくることがあります。
「大勢の人といると疲れる」
↓
「本当は少人数でじっくり話したい」
「予定が詰まっていると苦しい」
↓
「本当は、自分のペースで過ごしたい」
「会議で即答するのが苦手」
↓
「本当は、一度考えてから話したい」
「毎日同じように人と関わると消耗する」
↓
「本当は、一人で集中する時間が必要」
「誰かに頼まれると断れない」
↓
「本当は、自分の時間も大切にしたい」
つまり、違和感は、「嫌なもの」の情報だけではなく、「自分が大切にしたいもの」の情報でもある。
ここが、とても重要なのですね。💦💦
5.違和感を消すより意味を考えてみる
私たちは違和感を持つと、「どうすれば、この違和感をなくせるだろう?」と考えがちです。
でも、「どうすれば違和感がなくなるか」ではなく、
「この違和感は、私に何を大切にしてほしいと言っているのだろう?」と問い直してみる。
すると、少し景色(見方)が変わります。
違和感は、「あなたはダメだ」というメッセージではなく、
「あなたは、本当はこういうものを大切にしたいのでは?」
という問いかけかもしれない。
もちろん、それが必ず潜在意識からのメッセージだと断定する必要はありません。
過去の経験や疲労、環境との相性、価値観の変化など、さまざまな要因が考えられます。
だからこそ、「何だろう?」と興味を持つ。
若い頃なら、「ちょっと嫌だけど、頑張ろう」で済ませられたこともあります。
経験を積む。お金を稼ぐ。仕事を覚える。家庭を築く。
そうした目的のために、多少の無理をする。
それは必要な時期だったのかもしれません。
でも、中高年になると、「この先も、同じやり方を続けるのか?」という問題が出てきます。
これまでの人生で、何が自分に合っていたのか。
何が自分を消耗させていたのか。何を我慢してきたのか。何を大切にしてきたのか。
少しずつ、見えてきます。
だから、中高年になって感じる違和感は、単なる「わがまま」ではなく、
人生の次のステージを考えるための材料になるのです。

6.違和感は「人生を壊すため」のものではない
ここまで読んで、「じゃあ、今の生活を全部変えなければいけないのか」
と思った方がいるかもしれません。
もちろん、そんなことはありません。
違和感に氣付いたからといって、会社を辞める必要はありません。
人間関係を切る必要もありません。今までの人生を否定する必要もありません。
むしろ、違和感に氣付くことは、今の人生をより自分に合った形へ微調整するための第一歩なのです。
たとえば、一人の時間を週に一度つくる。
人と会う予定を少し減らす。仕事の中で集中できる時間を確保する。
「すぐに答えなくてもいい」と自分に許可する。本当に会いたい人と会う。
やってみたかったことを、小さく始める。人生を180度変える必要はありません。
1度だけ、1ミリだけ、自分のほうへ方向を変える。
それでもいいのです。
考えてみれば、私たちは人生の中で、「何をすべきか」については、たくさん教えられてきました。
勉強する。働く。頑張る。責任を果たす。人に迷惑をかけない。
家族を大切にする。社会に貢献する。
でも、「あなたは、どう感じていますか?」という問いを投げかけられる機会は、
それほど多くなかったのではないでしょうか。
だから今、「何となく違う」と感じているのなら・・・。
それをすぐに消そうとしなくてもいい。
少しだけ立ち止まって、こう聞いてみては・・・。
「私は、何に違和感を感じているのだろう?」
そして、もう一つ。
「その違和感の反対側には、私が本当に大切にしたいものがあるのではないだろうか?」と。
7.次回へ
違和感に氣付いた。
では、その違和感は、なぜこれほど長い間、見えなかったのでしょう。
なぜ、「ちょっと疲れるな」と思いながらも、何十年も同じことを続けられたのでしょう。
なぜ、「本当はこうしたい」という気持ちがあっても、「でも、こうするべきだ」という声に負けてしまうのでしょう。
そして、なぜ「できる人」ほど、自分の本当の声から遠ざかってしまうのでしょう。
次回は、そこにもう一度、「隠れ内向型」というテーマを重ねてみたいと思います。
タイトルは、「なぜ『できる人』ほど、自分の声を聞けなくなるのか」です。
できないから苦しんでいるのではない。
むしろ、できてしまったからこそ、自分の本当の性質に氣付けなかった。
そんな、隠れ内向型の「もう一つの物語」を掘り下げてみたいと思います。
